2014年5月21日水曜日

短期の評価と長期の評価

今回も先日の教師塾での学び。

「教師は短期で評価したがる」

確かに、その通りだと思う。
特に学級担任の場合、多くは1年間の勝負である。
この1年間で結果を出したいと思うのは当然といえば当然といえる。
短期で出せる結果は短期で出したい。

しかし、子どもの成長は「発達段階」を抜きには考えられない。
わかりやすい例では、筋力トレーニング。
筋力系は中学以降に大きく伸びる力である。
幼児や小学生への過度な筋力トレーニングは害の方がはるかに大きい。
逆に、巧緻性(体を巧みに操作する力)は、一般的に小学校3,4年生がピークである。
この時期を逃すと、後で回収するのは大変だといわれる。
だから器械運動などは、この時期に確実に取り組ませておきたい。

学校では様々な能力を評価する。
評価対象は学力面、体力面に加え、心の面もある。
この中には、短期で変わるものと、生涯を通して変わるものがある。
発達段階に応じて考えると、短期の評価にそぐわないものもある。
そこを区別しないで、全て短期で評価しようとすると、無理が生ずる。

1年勝負だと思うと焦る面もあるが、次につなげればいい。
逆に、担任が終われば後は関係ないというような教育は慎みたい。
ずっと関われということではなく、手放した後もずっと生きる教育が求められる。
自分の前でしか輝けない子どもを育てないこと。
長期的な視点を持って「自立型人間」を育てる教育をしたい

2014年5月18日日曜日

運をつけるために何をしていますか

東京教師塾での学びのシェア。

「運をつけるために何をしていますか」
という問いかけがされた。
つまり、運がいいとか悪いとかも、ある程度自分次第だということである。

運が悪くなる習慣がある。
愚痴る・文句を言う・怒る・自分勝手に振る舞う。
全部、原因は感謝不足。
そういう行為が、運を逃す。

原田隆史先生は、日本一になるために、陸上部員全員に家での皿洗いをさせる。
心作りのためでもあるが、これが「運を良くする」行為にもつながる。
他への奉仕が、運をよくする。
感謝の心が、運をよくする。

毎日のルーティーン行動に、運をつけることになる行動を多く取り入れていきたい。

2014年5月16日金曜日

怒りを消すのは、感謝のみ

原田隆史先生の主催する「東京教師塾」での学びのシェア。
次は、塾頭の原田先生の言葉。

「万国共通で、怒りを消すのは、感謝のみ」

感謝不足は全ての不幸を引き起こす。
万物に感謝している人は、怒らないし不幸にもならない。

アメリカのミスコンで第5位になったある女性は、1位になれないのを苦に自殺したという。
諸事情あるとは思うが、5位になるほどの票を入れてくれた人がいたことに、果たして感謝の念はあったのか。

一方、戦争に行って手足がなくなって帰還したある人は「生きていてラッキー」と答えたという。
戦地に行った多くの仲間が死んでいく中、生かされたと神様に感謝している。

以上が学びで、以下は私見。

これらは極端な例だが、教室でも同様のことは起きる。
たとえば、いつもきちんとやらない子どもがいる。
ここだけに着目すると、腹が立つ。
しかし、周りをみると、いつもきちんとやっている子どもがいる。
ここに着目すると、感謝の念が湧く。

その後で、もう一度「きちんとやらない」方の子を見る。
よく考えると、来てくれていること自体に感謝の念が湧くことがある。
毎日学校にきちんと来てくれているということ、こんなに有難いことはない。

そしてどれだけ叱られても「先生大好き」と言ってくれる子どもだったりする。
こんなに有難いことはない。
そこに着目すると、感情も一気におさまる。(ことがある。)
この点は、親子関係でも同様である。

教室では叱責よりもむしろ感謝の言葉を多くかけることを心がけたい。
率先垂範して子どもにもその価値を伝えていく。

これは、大人社会での人間関係についても同様であると思う。
不満ばっかり言っている時、やってもらっていることに気付き、感謝できているか。

感謝は、し過ぎることはない。
感謝の種に気付かずいることが問題である。

2014年5月14日水曜日

会議が延びる二大原因

先月のサークルでの学び。

4月は職員会議が多い。
会議が延びると、何かと支障が出る。
短く効果的に行いたい。

会議が延びる原因は次の二つに集約されるという。
1 提案自体に穴が多い
2 司会が下手

職員会議は、校長の命令で延ばすことが法律的にも認められている。
しかし、時間内に終わるに越したことはない。

逆に、職員会議にかける前の企画会議などは、十分に時間をかける必要が出る。
その上で、通る提案をすべきだという。

また、司会は話が横道に逸れないようにしつつ、余計なことを言わない。
提案した文言を繰り返し説明したりする必要もない。

基本的なことだが、意外とできていないことが多い。
自分も、反省しきりである。
分掌上、提案が多い人には、特に注意したいことである。

2014年5月12日月曜日

やってこなかった自分

学習会は、講師の先生の話がメインだと思いがちである。
しかし、それを聴こうと集まる人とのつながりが、それ以上に価値がある。
当たり前だが、どの人も自分より熱心に勉強している人ばかりである。
(これが有料のものだと、尚更である。)

例えば、何かの会に出る。
そうすると、大抵、何人かの方が葉書を送ってくださる。
(名刺を持つ良さの一つである。)
そしてそういう出会いは、学習会そのものより、懇親会での出会いの方が多い。

先日出会ったある先生は、子どもにも送っているという。
クラス全員である。
しかも、一人一通ではないらしい。
事ある毎に書くそうだ。
もちろん、全員に均等に出す。
「複写はがきのひかえ」というものを使用しており、出した葉書の文面が保存されている。
それを見せていただいた。
文字は整って美しく、羨ましい限りである。
日常のささいな、でも、担任しか知らない、通知票には書かないようなことが書かれている。

ちょうどその少し前に、自分の子どもにも園長先生から葉書が届いたことを思い出した。
読み返してみると、やはり温かい気持ちになる。
こういうささいなことを、やっている人はやっている。

自分は、やってこなかった。
ここの部分に、差が出ていることに一つ気付けた。

勤務校の人を見てもそうである。
若い人でもベテランの方でも関係なく、こつこつ積み上げている人がいる。
地道に目立たないことを、黙ってやっている人がいる。
誰も見ていないところで、実はがんばっている人がいる。

自分は、そこが抜けていたように思う。

そこに気付けたのも、外の出会いからである。
外を見て、内を見る。
そういうこともあると気付けた素晴らしい日が、最近あったので紹介してみた。

2014年5月10日土曜日

面白い俳句を作れる学年は?

俳句の会に参加している方から聞いたお話。

その方は、小学校へ俳句の指導ボランティアで時々行く。
そうすると、3年生から4年生あたりが良い句を作る傾向があるという。
1年生や2年生は語彙不足でうまく表現できないことが多い。
5年生や6年生では、上手く作ろうとして逆に面白味に欠く。
その点、中間の3年生と4年生がちょうどいいらしい。

感性だけで、知識や技能がないのもうまくいかない。
技巧に走ってもいけない。
図工や音楽の指導にも通ずる。

教える側にもいえることだと感じた。
方法に頼りすぎず、初任の頃の感性も忘れずにしたい。

2014年5月8日木曜日

得意技を一つ持つ

もう学級開き後の1ヶ月も過ぎるところで、その3。
楽しさについて。

目標は見えた。
安心でもある。
そして、楽しさがある。
そうなれば、毎日やる気も起きる。
お寺の修行ではないのだから、いくらためになりそうでも苦行ばかりでは続かない。

最初の方の楽しさは、とにかくこれからに期待が持てるようならばよい。
楽しい話でひきつける人もいる。
運動でひきつける人もいる。
ギターなどの楽器を演奏する人もいる。
得意のマジックを披露する人もいる。
必殺の授業ネタがある人もいる。(理科の先生に多い気がする。)

ある人に言わせたら「得意技を一つ持て」ということである。

私などは、大した特技もないが走ることだけはそこそこなので、とにかく子どもと遊んでみる。
鬼ごっこ系をすると、特に活発な男子は走って食らいついてきてくれることが多い。
全員はカバーできないが、ある程度の関係をそこで作れる。

隣のクラスの先生の良さや楽しさは、手に入らないかもしれない。
自分の強みで、楽しさも作るしかないように思う。
それが、いわゆる「担任カラー」になるように思う。

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