「良い行いを報告する」という実践を紹介した。
これは、教師の側からすると大変都合が良い。
しかし、本来良い行いというのは、人知れず行うのが基本である。
人知れず行う良い行為を「陰徳」という。
読んで字の如く、陰で積む徳のことである。
誰に知られる為でもなく、ただ良いと思うからやる。
純粋なる善行である。
どんなに陰でやっても、必ず二人が見ている。
一人は、天の神様。
もう一人は、他ならぬ自分である。
これは、悪事であっても同様。
良いことをすれば良く、悪いことをすれば悪くなる。
実に理に適っている。
正に「道理」である。
ちょうど前回の記事を書いた後に、栃木県の山中伸之先生のブログ「実感教育」を見たらこのことが出ていた。
なるほどこれも大切なことであると思い、紹介させていただいた。
2013年11月1日金曜日
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