2016年4月17日日曜日

教育においての温故知新と不易流行

4月の最初に、素晴らしい良書を紹介した。
年数が経っても売れているものというのは、本物である。

例えば向山洋一著『授業の腕を上げる法則』などは、いわずもがなの大ベストセラー。
理由は、真の良書だからに尽きる。
こういった良書をきっかけに本を読み始めたという人の数は計り知れない。

先月、岩瀬直樹氏がフェイスブック上で、次の本を紹介していた。

『9日は学級記念日です (シリーズ・ドラマのある教室) 』1988年刊
園田 雅春 著, 灰谷 健次郎 解説
http://www.amazon.co.jp/dp/4181316041

この本が、またいい。
灰谷健次郎氏をもってして
「ありきたりな児童文学など足もとにもおよばない人間ドラマ」といわせしめる文章である。
教育書というより、完全にドラマ、読み物である。
こんなにもドラマチックな学級経営をする人がいるのかと、驚嘆させられる。
何というか、自由な空気が満ちている。
前にも書いたが「園田雅春」という著者の名前通り、まさに春の優雅な田園風景である。

そして、内容は、やはりアクティブ・ラーニング。
そんな用語など全く存在していなかった時代に、能動態による協同学習が完全に実現されている。

温故知新と不易流行。
今は過去の延長上にある。
しかしながら、今が過去より優れているかというと、そうとも言い切れない。
不易と流行をぐるぐるしている、いわば「円」のようなものである。

新しい教育書を読むのは、当然必要である。
しかし、同時に、数十年前の古い良書も併せて読むことで、より深く内容を理解できるのではないかと思う次第である。

(併せて、宣伝。
拙著がアマゾンの学級経営部門で相当に売れ行き好調である。
この機会にぜひ。

『新任3年目までに知っておきたい ピンチがチャンスになる「切り返し」の技術』 

http://www.amazon.co.jp/dp/4181907120

2016年4月13日水曜日

教師が答えられない質問をしてきたとき

いくつか前に「次号に続く」といっておきながら続いていなかった。
書くといった責任をもって、その話の続き。

切り返しの技術は、「観」による。
これは、ハウツーではない。
子どもをどう見ているか、教育をどう考えているかである。

例えば3章に、授業中「教師が答えられない質問をしてきたとき」の切り返しがある。
このメルマガを読み続けてきた人なら、私がどう切り返すか知っていると思う。

さて、自分なら、どう切り返すだろうか。
勿論、その時の状況や子どもにもよるのだが、基本の返し方を持っている方がよい。
基本があってこその応用である。

この基本が、観によって決まる。
つまり、「子どもの質問に答える」ということの、根本・本質を考えることになる。
そもそも、なぜ教師が子どもの質問に答えねばならないのか。
さらに言うと、「質問」というのは、答えを知らない者が知っている者に対して行う。
そう考えると、何でもかんでもやたらに質問をしてくるというのは
「教師は何でも知っている」「教師は答える義務がある」という考えが前提にあると導き出される。

この前提が真がどうかをまず疑う。
普通に考えて、これは真ではない。(何でも知っている訳がない。)
では、どこから間違っているのか。

質問をする子どもは、教室に何をしに来ているのか。
「学習」である。
平たく言うと、賢くなりに来ているのである。
つまり、教師は授業を通して、子どもを賢くする必要がある。

そこで、どういう子どもが賢いといえるのか考える。
単に知識が豊富な子どもは賢いといえるのか。
否。
頭でっかちで動かない人間は賢いとはいえない。
知識を活用していく力を持つ子どもこそ、「アクティブ・ラーニング」の姿である。
「わからない」→「人にきく」のサイクルだけを「学習」と捉えていては、自ら学ぶ力があるとはいえない。

そういう考えを持つと、質問への切り返し方が決まる。
そもそも、教師が答えられないほど難しい質問を考えられること自体がすごい。
「天才的」である。
そこを生かさない手はない。

今回の本にある「切り返しワード」は、一つ一つに、そのような根拠がある。
「切り返しワード」以上に、その根拠の「観」をこそ伝えたい。

一つ一つの切り返しは「正解」ではないかもしれない。
それでも、私なりの「観」を通した根拠がある。
本書を通して、よりよい自分だけの切り返しを考えていただければ、何より嬉しいことである。

2016年4月11日月曜日

危険は忘れた頃にやってくる

前々号の続き。

学級の重要な3つの要素である「楽しさ」「ルール」「安全・安心」の内、1つだけがない状態。
これが、実際の学級では結構多く見られる状況である。

Aルールがしっかりしていて、安全・安心だけど、つまらない学級。
B安全・安心で楽しいけど、ルールはない学級。
Cルールもしっかりしていて楽しいけど、安全・安心ではない学級。

Aの学級では、子どもがきちんとするが、覇気が無い。
言うことをよく聞く分、指示待ちも多い。
基本が「パッシブ・ラーニング」状態である。
「きちんとやろう」とするとなりやすい。
また「崩さない」ことを重視した学級経営を目指すとなりやすい。
一年間何事もなく過ぎるが、溜めた分、次の学年で爆発する可能性を秘めている。
また「前の〇〇先生はやってくれたのに」という甘やかされた考え方を持つことも多い。

Bの学級は、騒然としているが、クラス内では何かうまくいっている。
共通理解されたルールがない分、問題が起きた時は担任に依存している部分が多い。
「仲良くやろう」とするとなりやすい。
また「自分の学級さえ楽しければいい」という考えだとなりやすい。
担任との結びつきが強く、ルールを担任に依存している分、「前の○○先生の時は許してくれたのに」がよく出て、これも引き継いだ後に苦労する可能性が高い。

Cの学級は、一見良いクラスである。
しかし、裏で結構問題が起きている。
表面的には楽しく仲良くしているため問題が見えにくく、担任も気づいていないことが多い。
こちらは、5年目から10年目あたりの、少しばかり自信を持ち始めた教師の学級に多い。
引き継いだ後で、実は問題があったことを前担任が知るという痛いパターンである。
(このあたりの失敗については、
『思春期の子どもとつながる学級集団づくり (学級を最高のチームにする極意)』赤坂真二編著
http://www.amazon.co.jp/dp/4181858243
に詳しい。私の大失敗体験談を暴露してある。)

何が言いたいかというと、経験を積むと、最重要の「安全・安心」の面を落としやすいということである。
慣れてきた時が一番危ない。
「危険であることを忘れない内は安全である」とは、紙雷管(火薬)の箱に記載された名言だが、まさにそれである。

平和であることを当たり前だと思わない。
過信は慢心を生み、転落につながる。
安全・安心は「タダ」じゃないのである。

そして、3つの要素はリンクする。
サッカーなどのスポーツを考えるとわかりやすい。
安全・安心には、ルールと楽しさが必要となる。
ルールが、安全・安心と楽しさを保証し、その二つがルールを守ろうということにもつながる。
楽しさは、ルールと安全・安心の上に立つ。

3つがそろった学級に日々近付くことを目指したい。

2016年4月9日土曜日

「右に出る者はいない」の右左の謎

「まぐまぐニュース」に私の以前書いた次の記事が載っていた。

「右に出る者はいない」は誰から見た右?意外と知らない右左の話

http://www.mag2.com/p/news/161466

読んでみるとわかるが、意外と言葉を考えずに使っているものである。
言われないと気付かない。
言葉に敏感になりたい。

2016年4月7日木曜日

学級開きの最重要3要素 優先順位

何度も書いているが、時期なので、学級開きの話。

学級開きにおいて、次のどれが大切だろうか。

A 子どもが楽しくやれそうだと感じる
B 子どもがルールを理解する
C 子どもが安全・安心を感じている

どれも大切なのである。
しかし、優先順位をつけるならどれかということである。

昨年、文科省でのセミナーでこの問いを投げかけた時には、参加者の反応は様々に割れた。
様々な解があっていい。
それを説明できるようであれば、考えに芯があるから、ぶれない。

私の解は、最優先がCの「安全・安心」である。
次がBの「ルール確立」。
最後がAの「楽しさ」となる。
(繰り返し言うが、あくまで優先順位であって、3つ揃っているのがベストの状態である。)

なぜそう考えるのか。
1つだけ成立していて、2つが欠けている状態の学級を想像する。

Aの楽しさだけがある状態。
ルールはなく、身も心も危険にさらされているが、やりたい放題できる学級。
学園もののドラマの最初の設定によくある、絵に描いたような荒れた学級が想像できる。
「ごく〇〇」や「G.T.〇」のような教師なら、体当たりで立て直せるかもしれないが、かなり困難である。

Bのルールだけがある状態。
規律だけがきちっとしていて、表面的には整っているが、安全・安心ではなく、陰では陰湿ないじめや暴力がある状態。
授業中はしんと静まりかえり、子どもの反応とは関係なく決められた通りに事が進む。
これも、「静かな学級崩壊」と呼ばれる一つのモデルタイプである。

Cの安全・安心だけがある状態。
ルールは緩いが身の危険や暴言にさらされることはなく、授業で発言してもばかにされたりはしない。
楽しくないので良いとはいえないが、とりあえず学級としては成立している。

以上の状態を考えると、優先順位はC→B→Aとなる。

同様に、1つだけない状態を想像しても面白い。
ルールがしっかりしていて、安全・安心だけど、つまらない学級。
安全・安心で楽しいけど、ルールはない学級。
ルールもしっかりしていて楽しいけど、安全・安心ではない学級。

この3つは、実際に結構数が多いのではないかと思われる。
長くなるので、また次号。

2016年4月5日火曜日

『一人残らず笑顔にする学級開き』

いよいよ、新年度の始まりである。
「学級開きをどうするか」は、結構悩むところだと思う。

次の書籍をおすすめする。
『一人残らず笑顔にする学級開き 小学校~中学校の完全シナリオ (学級を最高のチームにする極意) 』
赤坂真二編著 明治図書
http://www.amazon.co.jp/dp/4181852156

学級開きに特化した本である。
小学校から中学校まで、すべてカバーしているのが秀逸である。
しかも、低学年実践から高学年実践まで全部ある。
ちなみに私の書いている項目では、中学年から高学年むけの実践を紹介してある。

学級開きは大切だとよくいわれる。
ここに特化した本が求められる理由。
物事は、動き始めるのが一番力が要るからである。

学級開きで絶対に外さないことは、最低限の枠組みの設定である。
自分で歩ける幼児を外に連れ出す時に「赤信号は渡らない」という程度の約束が必要なのと同じである。
そして、「この人は自分を守ってくれる」という感覚である。

安全面と安心が最優先。
そのために、ルール設定。
最後に、楽しさである。
これが私の考える学級開きの3ステップである。

そのあたりの理論についてもこの本に詳しいので、一度手にとっていただきたい。
様々なタイプの学級開きが載っていて、多くの人の参考になること請け合いである。

2016年4月3日日曜日

はじめに子どもありき

今回は、人に教えるのが惜しいという思いも若干ありつつ、ある本を紹介する。

『はじめに子どもありき』平野 朝久 著 学芸図書株式会社
http://www.amazon.co.jp/dp/4761602546

なぜこの本を知ったかというと、私の尊敬する先生からである。
今回の単著発刊のお祝いとしてくださった。

イラスト一つなく、武骨ではあるが、真の良書とはこういうものである。
読んで勉強しなさい。
それで、もっと良い実践を積み、良い本を書けるように精進せよ。

と、いうことである。
ここに近付くべしということである。

心から尊敬し、目標とする師の仰ることなので、即受け容れ、読み始めた。

・・・面白いとかのレベルではない。
感動。感動。また感動である。
以前紹介したことのある、野口晃男先生の『校長室の窓から』以来の衝撃である。

読んでいると、脳震とうか、顎関節症になるのではないかと思うほど頷く可能性があるので、注意されたい。

18ページ目の小タイトルが「能動的学習者としての信頼」。
アクティブ・ラーニングに関する記述である。

ちなみに、初版刊行を見てみると、1994年。
20年以上前である。
しかし書いてある内容が、「最新」である
(ちなみに、毎年のように増刷を重ね、2015年で何と16刷りである。本物は、息が長い。)
つまり、単に自分が不勉強だったのである。

温故知新。
故きを温ねて新しきを知る。
目先のことに、いかに振り回されているか。
根本・本質・原点はそこではない。

本当は教えたくなかったが、良い情報を抱え込むのは「広く教育に貢献する」という自分の信条に反する。
私を信用していただけるなら、即買い必至の本である。
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