子どもは鏡とよく言われる。
親の前では親の鏡であり、教師の前では教師の鏡である。
もし、学力が低いのならば、学習指導の力が弱いということ。
もし、あいさつが暗いなら、自分のあいさつも暗いということ。
もちろん、担任する前までの指導も関係する。
しかし、1ヶ月以上経っている以上、何か影響を与えているはずである。
事実、この人は、と思える教師が指導すると、子どもは激変する。
うまくいかないと、子どものせいにしたくなる。
しかし、もしそこにおいて日本一の先生が教えたら、
自分の尊敬する○○先生が教えたら、
変わるのではないだろうか。
だから、子どもを馬鹿にしてはいけない。
職員室などで、ついつい指導がうまくいかない子どもをけなしてしまう時。
もし「○○はどうしようもなくて」と言ってしまったら、
残念ながら、これは、自分がどうしようもない教師だと公表しているのと同じである。
これは悔しいが、事実である。
指導がうまくいかない子どもは、神様の使いであると考える。
「あんた、ここができてないよ」と教えてくれている。
謙虚に受け止め、学び直す姿勢が大切である。
2012年5月24日木曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
-
教室は、自分の考えを発表する機会が多い。 そして、声が小さいと聞こえづらい。 そうなると「大きな声で」という指導が入りがちだが、これだけだとうまくいかない。 前提条件がある。 まず、たとえ小さな声でも何とか聞こえる環境を作る方が先である。 原則は、仲間の発表中は全員が黙って聞く姿...
-
あいさつ運動、どの学校でもやるのではないかと思う。 しかし、なかなかできるようにならないのが実情である。 街中、都会になるほどしなくなる。 人が多すぎる為かもしれない。 それでも、学校はあいさつ指導の核になる場である。 (全ての教育の核は、学校である。地域の大人も学校の...
-
名称の謎の話。 小学校で行う跳び箱の切り返し系の技といえば、開脚跳びとかかえ込み跳び。 かかえ込み跳びは「閉脚跳び」とも呼ばれる。 名称が二つあるのは、学習指導要領での表記の変遷による。 以下、体育の豆知識。(興味ない方は読み飛ばしていただきたい。) かかえ込み跳び...
0 件のコメント:
コメントを投稿