「本」の持つ効能を、私が今専門にしている「小学校の体育」の評価項目に例える。
「読みやすさ」「面白さ」は、「関心・意欲・態度」である。
「提案性がある」「考えさせられる」というのは、「思考」。
「役に立つ」というのは、「技能」。
「新しいことが知れる」というのは「知識」である。
体育ならば、いわずもがな「技能」は重要になる。
ここは「関心・意欲・態度」にも相互に関わるので、絶対に外せない。
ところで、最近毎度で申し訳ないが、次の新刊が出た。
『ピンチがチャンスになる「切り返し」の技術』
http://www.amazon.co.jp/dp/4181907120
http://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-190712-9
本書にある「切り返し」自体は「役に立つ技能」である。
それを「興味・関心」を持って読んでもらえるよう、様々な「たとえ」を使ってかいてある。
また、様々な「失敗事例」を「知識」として身に付けてもらう。
さらに、根本にある根拠や理由を詳しく述べることで「思考」してもらうこともねらっている。
若い先生は、楽しみながら「技能」と「知識」を即座に身に付けてくれれば一番いい。
しかし、中堅層以上は、それよりも「思考」に目を向けて欲しいのである。
ぶっちゃけて言う。
切り返しの技術自体は、実はどうでもいい。
ある程度経験を積めば、いくらでも方法はある。
根本・本質は、「なぜそう切り返すのか」である。
その哲学というか思想というか信念というか、そういう部分が大切なのである。
そこには「観」が関わっている。
長くなるので、次号に続く。
2016年3月28日月曜日
2016年3月26日土曜日
「何だそんなこと」を身に付けるべし
次の本が、今回の新刊のタイトルである。
『ピンチがチャンスになる「切り返し」の技術』
http://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-190712-9
http://www.amazon.co.jp/dp/4181907120
実は、タイトルの頭に次の言葉がついている。
『新任3年目までに知っておきたい』
そう、もともと、若手向けである。
つまり、読みやすさをかなり重視している。
何十年も教育に関する研究を積み重ねて勉強してきた人なら、難解な学術論文のような文章も読めるかもしれない。
しかし、初任者が読む入門書としては、かなり厳しい。
「読みやすい」「面白い」というのは、教育に関する本を読む習慣がない人にとって、かなり重要な要素だと思っている。
私が今回の本を書くことによって成し遂げたいことは、若手の先生の手助けである。
新卒で療養休暇に入ったまま辞めてしまったり、学級崩壊の憂き目や保護者対応に疲弊し倒れていく、未来あるはずの若手。
「本人が悪い」という手厳しい意見があるが、果たしてそうであろうか。
どれぐらい、その苦しんでいる若手を具体的に助けてあげられただろうか。
大切なことを、きちんと教えただろうか。
「現場で失敗しながら学べ」という意見もあるだろうが、新卒で最前線での活躍、即戦力が求められる昨今、その学び方は厳しい。
それに、保護者が黙って待ってはくれない。
新卒だろうが30年のベテランだろうが、我が子にとっての大切な1年間であることは同じなのである。
うっかり手痛いミスをすれば、本当に厳しく追及される。
そんな「ピンチ」を「チャンス」に変える技術や知識が、今すぐ必要とされているのである。
もしかしたら、ベテランの先生方が読んだら、「何だそんなこと」と思うかもしれない。
しかし、はっきりと言う。それは違う。
若手は、「何だそんなこと」も、知らないのである。
自分がそうだったからわかる。
若い時に教えて欲しかったことが山ほどある。
少し知っていただけで、余計に苦しまないで済んだであろうことがたくさんある。
教育への目が厳しいこの時代、失敗がリカバリーできないことが多いのである。
そして、若手が異常なほどに多く、そこを教える中間層がすっぽり抜けているのである。
だから、その穴を私は埋めたい。
自分なんかと思わずに、自分だからできることをやりたい。
そんな思いで、今回の本を書いた。
自分が「若手」だと思う先生は、どうか一度読んでいただきたい。
必ず、あなたの役に立つことを保証する。
それが、ひいては子どもたちの未来を明るくすることにつながると確信している。
信じようが信じまいがどちらでもいいが、私は本が売れるかどうかはどうでもいい。
(出版社の方が聞いたら怒るかもしれないが。)
ただ、この本で書いてある内容が広まるかどうか、多くの悩める人たちの役に立てるかどうかが関心事である。
変な話、買わなくてもいいので、一度読んで、その内容を身に付けていただきたい。
『ピンチがチャンスになる「切り返し」の技術』
http://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-190712-9
http://www.amazon.co.jp/dp/4181907120
実は、タイトルの頭に次の言葉がついている。
『新任3年目までに知っておきたい』
そう、もともと、若手向けである。
つまり、読みやすさをかなり重視している。
何十年も教育に関する研究を積み重ねて勉強してきた人なら、難解な学術論文のような文章も読めるかもしれない。
しかし、初任者が読む入門書としては、かなり厳しい。
「読みやすい」「面白い」というのは、教育に関する本を読む習慣がない人にとって、かなり重要な要素だと思っている。
私が今回の本を書くことによって成し遂げたいことは、若手の先生の手助けである。
新卒で療養休暇に入ったまま辞めてしまったり、学級崩壊の憂き目や保護者対応に疲弊し倒れていく、未来あるはずの若手。
「本人が悪い」という手厳しい意見があるが、果たしてそうであろうか。
どれぐらい、その苦しんでいる若手を具体的に助けてあげられただろうか。
大切なことを、きちんと教えただろうか。
「現場で失敗しながら学べ」という意見もあるだろうが、新卒で最前線での活躍、即戦力が求められる昨今、その学び方は厳しい。
それに、保護者が黙って待ってはくれない。
新卒だろうが30年のベテランだろうが、我が子にとっての大切な1年間であることは同じなのである。
うっかり手痛いミスをすれば、本当に厳しく追及される。
そんな「ピンチ」を「チャンス」に変える技術や知識が、今すぐ必要とされているのである。
もしかしたら、ベテランの先生方が読んだら、「何だそんなこと」と思うかもしれない。
しかし、はっきりと言う。それは違う。
若手は、「何だそんなこと」も、知らないのである。
自分がそうだったからわかる。
若い時に教えて欲しかったことが山ほどある。
少し知っていただけで、余計に苦しまないで済んだであろうことがたくさんある。
教育への目が厳しいこの時代、失敗がリカバリーできないことが多いのである。
そして、若手が異常なほどに多く、そこを教える中間層がすっぽり抜けているのである。
だから、その穴を私は埋めたい。
自分なんかと思わずに、自分だからできることをやりたい。
そんな思いで、今回の本を書いた。
自分が「若手」だと思う先生は、どうか一度読んでいただきたい。
必ず、あなたの役に立つことを保証する。
それが、ひいては子どもたちの未来を明るくすることにつながると確信している。
信じようが信じまいがどちらでもいいが、私は本が売れるかどうかはどうでもいい。
(出版社の方が聞いたら怒るかもしれないが。)
ただ、この本で書いてある内容が広まるかどうか、多くの悩める人たちの役に立てるかどうかが関心事である。
変な話、買わなくてもいいので、一度読んで、その内容を身に付けていただきたい。
2016年3月24日木曜日
「学力」の経済学
「モラロジー研究会」で、野口芳宏先生が紹介してくださった次の本がある。
『「学力」の経済学 』
中室牧子 著 ディスカヴァー・トゥエンティワン
http://www.amazon.co.jp/dp/4799316850
アマゾンの「教育学」のベストセラー1位の本である。
これが面白い。
「その教育に本当に効果があるのか」という切り口で、様々な教育の施策や手法を調査している。
この本のすべての根幹は「科学的根拠」=「エビデンス」である。
例えば、少人数学級。
学力向上に効果があるのか。
また、その費用対効果のほどは。
結論だけ言うと
「少人数学級は効果があるが、費用対効果が低い」である。
ちなみに、政府の施策の中で、最も費用対効果が低いことで槍玉に挙げられているのが、学力テストである。
なぜそう言えるか気になる人は、本書をご一読いただきたい。
とにかく、学校現場では「タブー」になりがちなところを、爽快に言い切るところが面白い。
著者が教師ではなく経済学者のため、完全な現場目線ではないが、だからこそ遠慮無く書かれている点が秀逸である。
この本の中で、「教育にお手軽なものはない」というのが結論として述べられている。
何でも、効果のある方法は、苦労する。
前にメルマガでも書いたが、だだをこねる子どもへの教育は、我慢が肝である。
悪銭身につかず、である。
売れ続けているには、理由がある。
本当におもしろい本だったので、紹介してみた。
『「学力」の経済学 』
中室牧子 著 ディスカヴァー・トゥエンティワン
http://www.amazon.co.jp/dp/4799316850
アマゾンの「教育学」のベストセラー1位の本である。
これが面白い。
「その教育に本当に効果があるのか」という切り口で、様々な教育の施策や手法を調査している。
この本のすべての根幹は「科学的根拠」=「エビデンス」である。
例えば、少人数学級。
学力向上に効果があるのか。
また、その費用対効果のほどは。
結論だけ言うと
「少人数学級は効果があるが、費用対効果が低い」である。
ちなみに、政府の施策の中で、最も費用対効果が低いことで槍玉に挙げられているのが、学力テストである。
なぜそう言えるか気になる人は、本書をご一読いただきたい。
とにかく、学校現場では「タブー」になりがちなところを、爽快に言い切るところが面白い。
著者が教師ではなく経済学者のため、完全な現場目線ではないが、だからこそ遠慮無く書かれている点が秀逸である。
この本の中で、「教育にお手軽なものはない」というのが結論として述べられている。
何でも、効果のある方法は、苦労する。
前にメルマガでも書いたが、だだをこねる子どもへの教育は、我慢が肝である。
悪銭身につかず、である。
売れ続けているには、理由がある。
本当におもしろい本だったので、紹介してみた。
2016年3月22日火曜日
「勝ち感」を持たせる切り返し
体育の、例えばゴール型ゲームの指導で、ゲームを行う。
そうすると、子どもは勝ち負けにこだわる。
まあ、当然である。
勝負ごとなのだから、勝ちにいく。
このとき、何をもって「勝ち」とするかが大切である。
勝負には勝った。
しかし、誰か一人のワンマンプレーで勝ったとする。
または、チーム内の誰かが嫌な思いをしたとする。
はたまた、勝って相手を馬鹿にしたり、傲慢になったとする。
こうなると、表面的に勝負として勝っても、実質の「負け」である。
価値観ならぬ「勝ち感」を大切にする。
その勝負に負けたとしても、チームとして前回よりも向上が見られたとする。
例えば、作戦自体はうまくいったが技能不足で失敗があったとか、初めてシュートをしたが外れたというような場合である。
この場合、チームがレベルアップしたという「勝ち感」を持つことができる。
そのために、教師がその視点を与えることが大切である。
今回の本にはこれは書いてないが、これも切り返しの技術である。
「先生、うちのチーム、また負けちゃったよ」の言葉に対し、どう切り返すか。
例えば、こんな風に切り返す。
「でも、〇〇さんがシュートうてたね!初めてじゃない!?すごい!仲間のお陰だね!」
要は、価値付けである。それによって、「勝ち感」を持たせる。
ちなみにこれは、決まった台詞ではない。
その場で、状況に合わせて、ぱっと出すのである。
ぱっと出すのであるが、準備はしてある。
どういう準備かというと、「勝負に勝つ」以外の価値を見出しておくことである。
そうすれば、自ずと切り返せる。
要は、切り返しの技術の核とは、哲学的な部分なのである。
何に価値を置くか、ねらいを置くかで、切り返しが決まる。
学級経営は、不断の選択の連続である。
だからこそ、学級経営における切り返しの技術を身に付けておくことは、前向きな選択につながる。
特に子どもの言動にどう返そうか悩む若い先生にこそ、身に付けてもらいたい技術である。
そうすると、子どもは勝ち負けにこだわる。
まあ、当然である。
勝負ごとなのだから、勝ちにいく。
このとき、何をもって「勝ち」とするかが大切である。
勝負には勝った。
しかし、誰か一人のワンマンプレーで勝ったとする。
または、チーム内の誰かが嫌な思いをしたとする。
はたまた、勝って相手を馬鹿にしたり、傲慢になったとする。
こうなると、表面的に勝負として勝っても、実質の「負け」である。
価値観ならぬ「勝ち感」を大切にする。
その勝負に負けたとしても、チームとして前回よりも向上が見られたとする。
例えば、作戦自体はうまくいったが技能不足で失敗があったとか、初めてシュートをしたが外れたというような場合である。
この場合、チームがレベルアップしたという「勝ち感」を持つことができる。
そのために、教師がその視点を与えることが大切である。
今回の本にはこれは書いてないが、これも切り返しの技術である。
「先生、うちのチーム、また負けちゃったよ」の言葉に対し、どう切り返すか。
例えば、こんな風に切り返す。
「でも、〇〇さんがシュートうてたね!初めてじゃない!?すごい!仲間のお陰だね!」
要は、価値付けである。それによって、「勝ち感」を持たせる。
ちなみにこれは、決まった台詞ではない。
その場で、状況に合わせて、ぱっと出すのである。
ぱっと出すのであるが、準備はしてある。
どういう準備かというと、「勝負に勝つ」以外の価値を見出しておくことである。
そうすれば、自ずと切り返せる。
要は、切り返しの技術の核とは、哲学的な部分なのである。
何に価値を置くか、ねらいを置くかで、切り返しが決まる。
学級経営は、不断の選択の連続である。
だからこそ、学級経営における切り返しの技術を身に付けておくことは、前向きな選択につながる。
特に子どもの言動にどう返そうか悩む若い先生にこそ、身に付けてもらいたい技術である。
2016年3月20日日曜日
自分の中に答えを持つ
先月、単著が出版された。
著者インタビューもあるので、よければご覧いただきたい。↓
http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20160096
「切り返し」の技術。
そんな技術自分にあったかなと思うが、書いてみると、結構あったのである。
というより、どうやらこれで乗り切ってきたらしい。
「技術」と銘打ってあるが、中心は多分に哲学的な部分である。
ところで、この本の内容は果たして「正しい」のか。
そこについて考えてみた。
私が持つ、自分の最大の長所(見方によっては短所)の一つである。
それは、間違ってるかもしれなくても、とにかく発表する能力である。
突っ込める能力である。
恥をかけるということでもある。
これは、野口芳宏先生はじめ、諸先輩方のお陰でもある。
特に、今は休会させてもらっているが、俳句の会に入っていたのは良かった。
平均年齢65歳を軽く越え、上は90歳という中において、私なぞヒヨコもヒヨコである。
何を言ったところで、恥も何もあったものではない。
堂々と間違えられた。
正直、今回の本の内容が、正しいかどうかは、保証できない。
唯一、保証できる点は、どれも私が実際に使ってきたものであり、今の私を作ってきたという事実だけである。
そこに嘘、偽りは一切ない。
だからこそ、もしかしたら、批判の対象になるかもしれない。
世に著作物を発表するというのは、そういうことである。
それでも、出したいと思った。
教えている子どもの一人が、素晴らしい言葉を日記に書いていた。
「自分の中に答えを持つこと」。
「注意されるまで直さない」という行為に対し、これが原因ではないかと分析した様子。
要は、自分の答えがなく、何となくやっていないかという戒めである。
恐るべし、小学生。
要は、自分の中の答えとして、世に問うていきたいのである。
ぜひご一読いただき、加えて感想・コメント等もいただけたら、何よりの幸いである。
著者インタビューもあるので、よければご覧いただきたい。↓
http://www.meijitosho.co.jp/eduzine/interview/?id=20160096
「切り返し」の技術。
そんな技術自分にあったかなと思うが、書いてみると、結構あったのである。
というより、どうやらこれで乗り切ってきたらしい。
「技術」と銘打ってあるが、中心は多分に哲学的な部分である。
ところで、この本の内容は果たして「正しい」のか。
そこについて考えてみた。
私が持つ、自分の最大の長所(見方によっては短所)の一つである。
それは、間違ってるかもしれなくても、とにかく発表する能力である。
突っ込める能力である。
恥をかけるということでもある。
これは、野口芳宏先生はじめ、諸先輩方のお陰でもある。
特に、今は休会させてもらっているが、俳句の会に入っていたのは良かった。
平均年齢65歳を軽く越え、上は90歳という中において、私なぞヒヨコもヒヨコである。
何を言ったところで、恥も何もあったものではない。
堂々と間違えられた。
正直、今回の本の内容が、正しいかどうかは、保証できない。
唯一、保証できる点は、どれも私が実際に使ってきたものであり、今の私を作ってきたという事実だけである。
そこに嘘、偽りは一切ない。
だからこそ、もしかしたら、批判の対象になるかもしれない。
世に著作物を発表するというのは、そういうことである。
それでも、出したいと思った。
教えている子どもの一人が、素晴らしい言葉を日記に書いていた。
「自分の中に答えを持つこと」。
「注意されるまで直さない」という行為に対し、これが原因ではないかと分析した様子。
要は、自分の答えがなく、何となくやっていないかという戒めである。
恐るべし、小学生。
要は、自分の中の答えとして、世に問うていきたいのである。
ぜひご一読いただき、加えて感想・コメント等もいただけたら、何よりの幸いである。
2016年3月18日金曜日
大切な人を「誘う」
メルマガ読者登録数が1000人を越えた。
私自身が宣伝している訳ではないのに、読者数自体は着々と増えている。
これは、「まぐまぐ」のスタッフの方々が「まぐまぐ大賞」のようなイベントをしていること、
「まぐまぐニュース」で記事を取り上げてくれること、
それを読んで「よし」と判断して登録をしてくれる読者の皆様がいるからである。
そして何より、方々で広めてくれる仲間の存在は大きい。
つまり、ある人に「よし」と判断されるものなら、広まるはずである。
判断してもらうためにも、宣伝は必要になる。
多くの人がフェイスブックやツイッター等のSNSを使って宣伝するのも有効だと思う。
しかし、一番の力は「口コミ」である。
信用する人が勧めてくれるものなら、信用できる。
単著が、2月18日に発刊され、ちょうど1ヶ月。
現在増刷されて2版である。
http://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-190712-9
http://www.amazon.co.jp/dp/4181907120
応援していただけると幸いである。
ちなみに、今回の本は、読みやすさと即効性に関して、かなり自信がある。
いい加減なものをすすめたら、信用を失う。
せっかくこれから何年、何十年お付き合いいただけるかもしれない方との縁が切れる。
だから、絶対自信のあるものしかおすすめしない。
このメルマガ読者の皆様に、自信を持っておすすめしたい。
メルマガの方もぜひ紹介していただきたい。
無料だし、いつでも解除できるから、こちらは気楽にすすめていただけると幸いである。
「いいと思ったものは紹介する」ということは、結構大切である。
私も、いいと思ったものはどんどん人に紹介する。
「この人に紹介してあげたい」と思うから、誘うのである。
何度も紹介している、野口芳宏先生の言。
「誘うという字は言偏に優秀の秀。」
この人は優れている、秀でていると思うから、言葉をかける。
逆にいうと、自分にとって「この人」と思わない限り、誘わない。
特に今回の本は若手教員向けに書いてある。
大学生などのまだ現場経験のない方や、子育て中、特に小学生を持つ親御さんにも役立つこと請け合いである。
周りにいる講師や若手の先生たちにも、おすすめいただけると幸いである。
私自身が宣伝している訳ではないのに、読者数自体は着々と増えている。
これは、「まぐまぐ」のスタッフの方々が「まぐまぐ大賞」のようなイベントをしていること、
「まぐまぐニュース」で記事を取り上げてくれること、
それを読んで「よし」と判断して登録をしてくれる読者の皆様がいるからである。
そして何より、方々で広めてくれる仲間の存在は大きい。
つまり、ある人に「よし」と判断されるものなら、広まるはずである。
判断してもらうためにも、宣伝は必要になる。
多くの人がフェイスブックやツイッター等のSNSを使って宣伝するのも有効だと思う。
しかし、一番の力は「口コミ」である。
信用する人が勧めてくれるものなら、信用できる。
単著が、2月18日に発刊され、ちょうど1ヶ月。
現在増刷されて2版である。
http://www.meijitosho.co.jp/detail/4-18-190712-9
http://www.amazon.co.jp/dp/4181907120
応援していただけると幸いである。
ちなみに、今回の本は、読みやすさと即効性に関して、かなり自信がある。
いい加減なものをすすめたら、信用を失う。
せっかくこれから何年、何十年お付き合いいただけるかもしれない方との縁が切れる。
だから、絶対自信のあるものしかおすすめしない。
このメルマガ読者の皆様に、自信を持っておすすめしたい。
メルマガの方もぜひ紹介していただきたい。
無料だし、いつでも解除できるから、こちらは気楽にすすめていただけると幸いである。
「いいと思ったものは紹介する」ということは、結構大切である。
私も、いいと思ったものはどんどん人に紹介する。
「この人に紹介してあげたい」と思うから、誘うのである。
何度も紹介している、野口芳宏先生の言。
「誘うという字は言偏に優秀の秀。」
この人は優れている、秀でていると思うから、言葉をかける。
逆にいうと、自分にとって「この人」と思わない限り、誘わない。
特に今回の本は若手教員向けに書いてある。
大学生などのまだ現場経験のない方や、子育て中、特に小学生を持つ親御さんにも役立つこと請け合いである。
周りにいる講師や若手の先生たちにも、おすすめいただけると幸いである。
2016年3月16日水曜日
アクティブ・ラーニングは、方法論?
例えば、今まで、官制と民間、無料と有料と問わず、様々な研修会に出てきた。
涙が出るほど感動した話を聞いている矢先、ふと横を見ると、隣の人が寝ていることがあった。
いや、あったというより、探せば必ずといっていいほどいる。
つまり、私にとってアクティブ・ラーニングが成立している研修会でも、ある人にとってはそうではないということである。
無論、逆の場合もある。
ある人に「すごかったね」と言われて「どこが?退屈すぎて、寝ないように必死だった・・・」と思ったこともある。
では、例えばグループ・ワークがアクティブ・ラーニングを成立させる手法の一つとして挙げられる理由は何か。
子どもが、主体的に「なりやすい」からである。
ポイントは「なりやすい」であって、必ずしも「なる」のではない。
そこを間違えると「グループ・ワークをしたからアクティブ・ラーニング」のような変な勘違いになる。
「講義形式」が非アクティブ・ラーニングの例の矢面に立たされる理由は何か。
多くの場合、講義形式での授業技量が低いからである。
平たく言うと、授業が下手なのである。
授業者が並大抵のレベルでは、講義でアクティブ・ラーニング状態にさせられないからである。
名人になれば違う。
例えば有田和正先生の生前の講義を受けたことのある人はわかると思うが、話しっぱなしである。
そして、爆笑&感動のオンパレードである。
色々なことを考えさせられる。
あれを見て、「講義形式はダメだね」という人を見てみたい。
要は、そういうことである。
アクティブ・ラーニングが求められる背景の根本・本質・原点は、子どもに社会をたくましく生きぬく力をつけさせること。
社会の求める本質は、一貫して変わっていない。
言葉と伝え方が変わっているだけである。
では、私たちはどんな授業をしていけばいいのか。
それは、目の前の子どもの姿を抜きにしては語れない。
私の目の前にいる子どもたちと、あなたの目の前にいる子どもたちは、全く別の人間である。
共通点は、子どもであることだけである。
対するは、〇〇さん。
さらに、△△君。
はたまた、□□さんはどうか。
文字通り「全員」が「アクティブ・ラーニング」の状態ならば、これは成功であろう。
結局は、ぼろい方法はない。
アクティブ・ラーニングは、方法論では決してない。
最大の教育環境は、教師自身である。
そんな真剣さの中にしか、アクティブ・ラーニングなるものも実現されないと考える。
涙が出るほど感動した話を聞いている矢先、ふと横を見ると、隣の人が寝ていることがあった。
いや、あったというより、探せば必ずといっていいほどいる。
つまり、私にとってアクティブ・ラーニングが成立している研修会でも、ある人にとってはそうではないということである。
無論、逆の場合もある。
ある人に「すごかったね」と言われて「どこが?退屈すぎて、寝ないように必死だった・・・」と思ったこともある。
では、例えばグループ・ワークがアクティブ・ラーニングを成立させる手法の一つとして挙げられる理由は何か。
子どもが、主体的に「なりやすい」からである。
ポイントは「なりやすい」であって、必ずしも「なる」のではない。
そこを間違えると「グループ・ワークをしたからアクティブ・ラーニング」のような変な勘違いになる。
「講義形式」が非アクティブ・ラーニングの例の矢面に立たされる理由は何か。
多くの場合、講義形式での授業技量が低いからである。
平たく言うと、授業が下手なのである。
授業者が並大抵のレベルでは、講義でアクティブ・ラーニング状態にさせられないからである。
名人になれば違う。
例えば有田和正先生の生前の講義を受けたことのある人はわかると思うが、話しっぱなしである。
そして、爆笑&感動のオンパレードである。
色々なことを考えさせられる。
あれを見て、「講義形式はダメだね」という人を見てみたい。
要は、そういうことである。
アクティブ・ラーニングが求められる背景の根本・本質・原点は、子どもに社会をたくましく生きぬく力をつけさせること。
社会の求める本質は、一貫して変わっていない。
言葉と伝え方が変わっているだけである。
では、私たちはどんな授業をしていけばいいのか。
それは、目の前の子どもの姿を抜きにしては語れない。
私の目の前にいる子どもたちと、あなたの目の前にいる子どもたちは、全く別の人間である。
共通点は、子どもであることだけである。
対するは、〇〇さん。
さらに、△△君。
はたまた、□□さんはどうか。
文字通り「全員」が「アクティブ・ラーニング」の状態ならば、これは成功であろう。
結局は、ぼろい方法はない。
アクティブ・ラーニングは、方法論では決してない。
最大の教育環境は、教師自身である。
そんな真剣さの中にしか、アクティブ・ラーニングなるものも実現されないと考える。
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教室は、自分の考えを発表する機会が多い。 そして、声が小さいと聞こえづらい。 そうなると「大きな声で」という指導が入りがちだが、これだけだとうまくいかない。 前提条件がある。 まず、たとえ小さな声でも何とか聞こえる環境を作る方が先である。 原則は、仲間の発表中は全員が黙って聞く姿...
-
あいさつ運動、どの学校でもやるのではないかと思う。 しかし、なかなかできるようにならないのが実情である。 街中、都会になるほどしなくなる。 人が多すぎる為かもしれない。 それでも、学校はあいさつ指導の核になる場である。 (全ての教育の核は、学校である。地域の大人も学校の...
-
名称の謎の話。 小学校で行う跳び箱の切り返し系の技といえば、開脚跳びとかかえ込み跳び。 かかえ込み跳びは「閉脚跳び」とも呼ばれる。 名称が二つあるのは、学習指導要領での表記の変遷による。 以下、体育の豆知識。(興味ない方は読み飛ばしていただきたい。) かかえ込み跳び...