「何のためにやるのですか。」
「ねらいは何ですか。」
「どうなればいいのですか。」
何かをする時、子どもに尋ねる。
掃除一つとっても、運動会や修学旅行のような大きな行事でも同様。
ここを意識するだけで、動きの中身が変わってくる。
結果以上に、「何のために」が大切なことである。
教師の側にとっても、これは大切である。
「何のために」が抜けた活動は、やっていて何か空々しい。
ここで押さえるべき注意点がある。
子どもがどちらを大切と思っているかである。
子ども自身は、当然、結果が大切だと思っている。
しかし実際は、動機(何のために)がはっきりしている方が大切である。
「大会で優勝」という結果以上に、「何のためにやってきたか」が大きい。
結果が優勝でなくとも、得られるものがある。
しかしこれは、指導しないと気付かない。
放っておけば、勝つことや結果を出すことだけが目的化する。
勝ち負けへのこだわりは、幼児期に自然に獲得する。
一方で、何の為にやるのかという大きな目的は、ある種の志が必要になる。
負けた時や、思う結果が得られなかった時。
ここまでに得たものを振り返らせる。
また、この結果のお陰で得たものは何かを考えさせる。
次への活動につなぐ。
勝った時や、満足いく結果が得られた時。
何のためにやってきたのか、何を得たか振り返らせる。
誰のお陰があったのか、これをどう生かすのか考えさせる。
次への活動につなぐ。
勝とうが負けようが、どんな結果も生かす。
そのために「何のために」「ねらい」は、常にはっきりさせたい。
2014年1月14日火曜日
2014年1月12日日曜日
声の張り
先日、教科書を読む子どもの声が張っていることを誉めていただく機会があった。
声の張りは学級のバロメーターの一つである。
(しかしながら、あくまで一つに過ぎない。)
張りのある声を出せる学級は、自分を表現しやすい風土を醸成する。
活気のある学級作りのベースになる。
やたらに大きい声ではなく、あくまで張りのある声を出せるようにする。
あいさつと同様に考える。
ぼそぼそではきこえない。
一方、至近距離なのにやたら大きな声であいさつされると、不快である。
相手にきちんと届く張りのある声であれば良い。
はっきり言えれば良い。
教科書を一斉に読むような時には、全体で読んでいる中でも自分の声がはっきり耳にきこえるようにする。
そうすると、全体で読んでいる中でも、読み間違えるのがはっきりわかる。
その時は、すかさず誉める。
間違えたのがわかるのは、声を張ってはっきり読んでいる証拠である。
特に鳥の群れの先頭の一羽の如く、リーダー的に声を出す子どもが間違えると、全員間違えることがある。
それぐらい、普段から周りに貢献している証拠である。
間違えた時の対応が「報酬」になるか「罰」になるかは、大切である。
前向きなチャレンジには、報酬に限る。
張った声を出せた方に重きを置く。
つまり、声が張っているのは、間違えても大丈夫、という自信の表れにもなる。
学級のバロメーターの一つ、という理由である。
声の張りは学級のバロメーターの一つである。
(しかしながら、あくまで一つに過ぎない。)
張りのある声を出せる学級は、自分を表現しやすい風土を醸成する。
活気のある学級作りのベースになる。
やたらに大きい声ではなく、あくまで張りのある声を出せるようにする。
あいさつと同様に考える。
ぼそぼそではきこえない。
一方、至近距離なのにやたら大きな声であいさつされると、不快である。
相手にきちんと届く張りのある声であれば良い。
はっきり言えれば良い。
教科書を一斉に読むような時には、全体で読んでいる中でも自分の声がはっきり耳にきこえるようにする。
そうすると、全体で読んでいる中でも、読み間違えるのがはっきりわかる。
その時は、すかさず誉める。
間違えたのがわかるのは、声を張ってはっきり読んでいる証拠である。
特に鳥の群れの先頭の一羽の如く、リーダー的に声を出す子どもが間違えると、全員間違えることがある。
それぐらい、普段から周りに貢献している証拠である。
間違えた時の対応が「報酬」になるか「罰」になるかは、大切である。
前向きなチャレンジには、報酬に限る。
張った声を出せた方に重きを置く。
つまり、声が張っているのは、間違えても大丈夫、という自信の表れにもなる。
学級のバロメーターの一つ、という理由である。
2014年1月10日金曜日
内在する「オトナ」と「コドモ」
次の本に、気になる内容があった。
「失速するよい子たち」三好邦雄著 主婦の友社
大人にも子どもにも「オトナ」と「コドモ」が内在している。
「オトナ」とは、簡単にいうと、社会性。
「コドモ」とは、簡単にいうと、遊び心。
大人には「オトナ大人」「コドモ大人」がいる。
子どもは「オトナ子ども」か「コドモ子ども」どちらかになる。
みんな両方あるのだが、偏っていることもある。
教師の場合を考える。
職員室での人間関係が上手だったり、事務仕事をてきぱきやれるというのは「オトナ」の部分である。
一方、子どもと一緒に笑い合えたり、体を動かして遊んだりというのは「コドモ」の部分である。
教師の側がどちらを発揮するかである。
意識して使い分けることもできる。
低学年や中学年に大人気の先生は、「コドモ」が強い場合が多いという。
一方、そのキャラクターのまま高学年に入ると、うまくいかない場合も多いという。
高学年は自身が子どもから大人への移行期にあたる。
だから高学年の子どもは「オトナ」も教師の側に求めるようになる。
「父性」「母性」とは少し違った視点で、面白いと思い、紹介してみた。
「失速するよい子たち」三好邦雄著 主婦の友社
大人にも子どもにも「オトナ」と「コドモ」が内在している。
「オトナ」とは、簡単にいうと、社会性。
「コドモ」とは、簡単にいうと、遊び心。
大人には「オトナ大人」「コドモ大人」がいる。
子どもは「オトナ子ども」か「コドモ子ども」どちらかになる。
みんな両方あるのだが、偏っていることもある。
教師の場合を考える。
職員室での人間関係が上手だったり、事務仕事をてきぱきやれるというのは「オトナ」の部分である。
一方、子どもと一緒に笑い合えたり、体を動かして遊んだりというのは「コドモ」の部分である。
教師の側がどちらを発揮するかである。
意識して使い分けることもできる。
低学年や中学年に大人気の先生は、「コドモ」が強い場合が多いという。
一方、そのキャラクターのまま高学年に入ると、うまくいかない場合も多いという。
高学年は自身が子どもから大人への移行期にあたる。
だから高学年の子どもは「オトナ」も教師の側に求めるようになる。
「父性」「母性」とは少し違った視点で、面白いと思い、紹介してみた。
2014年1月7日火曜日
資料の多さと授業の充実度
資料が多いほど、情報量は増える。
一方、資料が多いほど、子どもの発言は減る。
一回の授業で扱う資料の数はどうするべきか。
これまでの経験上、一つに焦点化し、徹底的に読み取る方が、授業は充実しやすいようである。
授業研など、ついつい欲張ってたくさん準備してしまうが、思考の方向が拡散してしまう。
時間が足らなくなってしまうのは、欲張った証拠である。
よく「がんばって準備した授業ほどうまくいかない」というのは、この辺りにも原因があるように思う。
「頑張って」しまった分、頑なに準備したモノを全て出そうとしてしまう。
その時間に何をさせたいのか。
どんな力をつけさせたいのか。
可能な限り焦点化して、必要な中心資料を見極めて授業に臨みたい。
一方、資料が多いほど、子どもの発言は減る。
一回の授業で扱う資料の数はどうするべきか。
これまでの経験上、一つに焦点化し、徹底的に読み取る方が、授業は充実しやすいようである。
授業研など、ついつい欲張ってたくさん準備してしまうが、思考の方向が拡散してしまう。
時間が足らなくなってしまうのは、欲張った証拠である。
よく「がんばって準備した授業ほどうまくいかない」というのは、この辺りにも原因があるように思う。
「頑張って」しまった分、頑なに準備したモノを全て出そうとしてしまう。
その時間に何をさせたいのか。
どんな力をつけさせたいのか。
可能な限り焦点化して、必要な中心資料を見極めて授業に臨みたい。
2014年1月5日日曜日
「厳しい」の反対の言葉は?
新出漢字で「厳」という字を指導した際、次のことをきいた。
「厳しい」の反対の言葉は何か。
予想を立ててみて欲しい。
何だろうか。
「優しい」「甘い」等、子どもからは様々な予想が出た。
子どもたちが辞書を引いて調べた。
結果、「厳しい」の反対は「緩い」。
その後、「厳しい○○」「緩い○○」と、○○に同じ言葉を入れて読んでみた。
子どもたちから次の言葉が出た。
「厳しい寒さ」「緩い寒さ」これは、緩い方がいい。
「厳しい警備」「緩い警備」これは、緩いのは絶対困る。
「厳しい先生」「緩い先生」これは、どちらがいいのだろうか。
どちらもいた方がいいのではないか、というのが私見である。
厳しい先生だけだと、息苦しい。
緩い先生だけだと、成り立たない。
何事も、バランスが大切である。
「厳しい」の反対の言葉は何か。
予想を立ててみて欲しい。
何だろうか。
「優しい」「甘い」等、子どもからは様々な予想が出た。
子どもたちが辞書を引いて調べた。
結果、「厳しい」の反対は「緩い」。
その後、「厳しい○○」「緩い○○」と、○○に同じ言葉を入れて読んでみた。
子どもたちから次の言葉が出た。
「厳しい寒さ」「緩い寒さ」これは、緩い方がいい。
「厳しい警備」「緩い警備」これは、緩いのは絶対困る。
「厳しい先生」「緩い先生」これは、どちらがいいのだろうか。
どちらもいた方がいいのではないか、というのが私見である。
厳しい先生だけだと、息苦しい。
緩い先生だけだと、成り立たない。
何事も、バランスが大切である。
2014年1月3日金曜日
逆接的指導
昨年の船橋での、戸田正敏先生からの学び。
指導の種類を3つに分ける。
A 直接的指導
B 間接的指導
C 逆接的指導
静かにさせて話を聞かせたい場合を例に考える。
Aは、知覚語を用いて直接的に働きかける。
「静かにしましょう」等。
Bは、させたいことにつながる指示を出す。
「おへそをこちらに向けます」等。
Cは、あえて逆の行動をとる。
教師が「あのね・・・」と小さい声で話す、等。
AとBはわりと意識して使っていたが、Cはやっていても意識していなかった。
わかっていると、何かと応用できると思う。
「○年生にはさすがにまだ無理かな?」などという挑発も、これにあたると思う。
人間心理をついた巧みな方法である。
ただ、やりすぎると効果が薄れるので、使い方が大切である。
自分が今している指導はAからCのどれなのか、意識すると面白い。
指導の種類を3つに分ける。
A 直接的指導
B 間接的指導
C 逆接的指導
静かにさせて話を聞かせたい場合を例に考える。
Aは、知覚語を用いて直接的に働きかける。
「静かにしましょう」等。
Bは、させたいことにつながる指示を出す。
「おへそをこちらに向けます」等。
Cは、あえて逆の行動をとる。
教師が「あのね・・・」と小さい声で話す、等。
AとBはわりと意識して使っていたが、Cはやっていても意識していなかった。
わかっていると、何かと応用できると思う。
「○年生にはさすがにまだ無理かな?」などという挑発も、これにあたると思う。
人間心理をついた巧みな方法である。
ただ、やりすぎると効果が薄れるので、使い方が大切である。
自分が今している指導はAからCのどれなのか、意識すると面白い。
2014年1月1日水曜日
子どもの理解度を高めるには
最近、納得した言葉を紹介する。
船橋で受けた戸田正敏先生の講座での言葉。
子どもは
言われたことは忘れる。
見たことは覚える。
やったことは理解する。
国語科では言語活動が重視される。
算数科では算数的活動が重視される。
社会科では問題解決的な学習が重視される。
理科では実験や見学を通した体験的な学習が重視される。
どれも、自分でやるということを重視した活動である。
毎日の授業の中に、いかに意識的にこういった活動を位置付けることができるか。
「悪銭身につかず」という諺の通り、教師の「一手間」にかかっている。
戸田先生のように「一手間」を惜しまず続けたい。
船橋で受けた戸田正敏先生の講座での言葉。
子どもは
言われたことは忘れる。
見たことは覚える。
やったことは理解する。
国語科では言語活動が重視される。
算数科では算数的活動が重視される。
社会科では問題解決的な学習が重視される。
理科では実験や見学を通した体験的な学習が重視される。
どれも、自分でやるということを重視した活動である。
毎日の授業の中に、いかに意識的にこういった活動を位置付けることができるか。
「悪銭身につかず」という諺の通り、教師の「一手間」にかかっている。
戸田先生のように「一手間」を惜しまず続けたい。
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