前回の続き。
「食の教育は、感謝に始まり感謝に終わる。」
この言葉を聞いて、以下のようなことを考えた。
漢字に直すと「頂きます」「御馳走様」。
「頂く」は、頭上高くに位置させることで、神事に用いる言葉である。
命を取り入れる行為である。
「馳走」は、あれこれ走り回って世話をすること。
食材を育てるところから運搬、調理まで様々な人の手を渡って口に入る。
そこに「御」と「様」という敬意を示す言葉が付く。
とにかく、感謝に尽きるということである。
食育では、ここを落とさない。
例として、食べ物で遊ばない、粗末に扱わない、不平不満を言わない。
わかりやすく言うと、関わる人全てが見たり聞いたりして嫌な思いをするようなことを避ける。
御飯を残すのは仕方無いが、お椀に御飯粒がべったり残っているのは、指導すべき事柄である。
粗末に扱っているし、洗うのも大変である。
まだまだあるのだが、長くなったのでここまで。
こんなことを話し合ったということで、ご紹介した。
2013年12月15日日曜日
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