2013年1月24日木曜日
「皿洗いと思うな、人生と思え」
以前紹介したが、私は原田隆史先生の次の言葉が大好きである。
「仕事と思うな、人生と思え」
この「仕事」の 部分に色々な言葉が当てはめられる。
例えば、皿洗いを毎日の日課として決めたら、
「皿洗いと思うな人生と思え」である。
皿洗いは、「汚れを落としてきれいにする」を目標とした「作業」である。
この「作業」を「修行」にする。
目標の先にある目的を「人格向上」に設定する。
「皿をきれいにすることで、心もきれいに磨く」といった具合である。
たかが皿洗いにするか、人生そのものと考えるか。
この差は大きい。
皿洗いを毎日することが、自分の人間性の向上につながる。
さぼれば、続けられない自分を認識することにつながる。
冷たい水で皿を洗う中で、母親のありがたさに気付くこともある。
だから、ただ皿を洗うのではなく、それが人生そのものにつながる。
目的意識一つで、同じ作業もその価値が大きく異なる。
私は、漢字練習や掃除でこのように指導する。
「漢字練習と思うな人生と思え」
「掃除と思うな人生と思え」
長くなるので、また次号で紹介する。
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