掃除は何のためにやるのか。
子どもに問う。
「やらないと汚くなるから」
「きまりだから」
なるほど。一理ある。
しかし、なにやら寂しい理由である。
ネガティブである。
さらに子どもに問う。
「掃除が好きで好きでたまらないという人?」
ほとんど手が挙がらない。
続けざまに問う。
「できればやりたくないという人?」
一斉に手が挙がる。
そこで、子どもに次の提案をする。
黒板に大きく書く。
「掃除は、やりたい人だけがやる」
「えー!?」
「本当に!?」
と騒然となる。
中には、嬉しそうににやりとしている子どももいる。
たたみかける。
「学級会を開きます。」
話し合いである。
当然、提案が通ってはいけないのだが、これを見守る。
大丈夫、提案は通らない。
なぜなら、やらなくていい理由よりやるべき理由が圧倒的に多いからだ。
話し合いを通して、子ども達は「掃除をやるべき理由」を明確にしていく。
自分がさぼってはいけないことを、子ども達自身の言葉から学ぶ。
教師は、一言も発さない。指導しない。
だから、掃除をやる理由が、教師の中でなく自分達の中に存在するようになる。
これだけでも十分心構えが変わる。
ぜひ試していただきたい。
2011年1月12日水曜日
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