8月末のセミナーで「買い物の法則」というのを紹介した。
学級経営の基本的な考え方として紹介したオリジナルの法則である。
1 欲しいものを決める(本当に欲しいのか吟味する)
2 お金を払う
3 品物を手に入れる
この3つを順番に行うのが正しい、という、いたって単純な法則である。
この「1 欲しいものを決める」という過程が、つまりは理想像を描く行為である。
おつかいを家族の誰かに頼む場面を想像するとわかる。
「○○買ってきて」と言われれば望むものを買ってきてくれる。
「何でもいいから食べる物買ってきて」と言われたら、相手はかなり悩む。
大抵、大して食べたくもなかったものを買ってきてくれる。
(これを「自業自得」という。)
ちなみに「夕飯何食べたい?」の答えで一番困るのが「何でもいい」である。
大抵、出されたものに文句を言うか、うまいとも言わずにもさもさ食うのがオチ。
お互いの為にも、きちんと食べたいものを意思表示した方が良い。
この為の手法として「未来予想図の学級通信を書く」という手法を紹介した。
(こちらは原田隆史先生の教師塾で学んだ手法である。)
ちなみにこの手法は、自分のノートに書くだけでも効果がある。
なぜなら自分自身の理想像を固め、宣言する行為につながるからである。
学級通信を実際には出していない人にも有効な手段である。
まずは、学級担任がどんな学級にしたいかの具体的な理想像を描くこと。
全ては、そこから始まる。
2013年10月14日月曜日
2013年10月12日土曜日
アウトプットを意識する
アウトプットとインプット。
バランスが大切とはよく言われる。
では、どちらが先か。
「インプットが溜まってアウトプットできる」という考え方が普通である。
一理あり、中身が多いほど出すものの質が高まる。
だから何か発表などを頼まれると「私程度のものが」と辞退したくなる。
もっと勉強してからなら発表できる、と思う。
(同じような記事を、大分前にも書いた。)
しかしながら、逆の考え方もある。
アウトプットありきでインプットする、という考え方である。
先に「発表する」「レポートにまとめる」「同僚に話す」等という活動を決めておく。
「テストで良い点を取る」というのも実はこれである。
インプットすることをどうアウトプットするのか、決めておけば学びの質は必然的に高まる。
「ここ、テストに出るぞー」などと言うベタなセリフがあるが、これも同じ。
「テストで正解する」という動機を持っている相手なら、これで必死に覚える。
(そこに重きを置いていない相手には、無効である。)
先日の学級作りセミナーでは、会のはじめに「最後に参加者同士で学びの交流をします。」と示した。
企画した飯村先生が「こうすれば学びが深まる」ということを実感している。
後で発表があるとなれば、学んだことを消化しておく必然性が出る。
結果、インプットの質が高まる。
また、実際人に話すことで、自分の中で気付きが生まれる。
人の話を聴くことで、自分と違う視点から、さらに気付きが生まれる。
とにかく、せっかく学ぶなら、アウトプットを意識することである。
そして「感動は生もの」だから、すぐ使う。
学習会後の参加者同士の交流は、即席&最速のアウトプットの時間である。
バランスが大切とはよく言われる。
では、どちらが先か。
「インプットが溜まってアウトプットできる」という考え方が普通である。
一理あり、中身が多いほど出すものの質が高まる。
だから何か発表などを頼まれると「私程度のものが」と辞退したくなる。
もっと勉強してからなら発表できる、と思う。
(同じような記事を、大分前にも書いた。)
しかしながら、逆の考え方もある。
アウトプットありきでインプットする、という考え方である。
先に「発表する」「レポートにまとめる」「同僚に話す」等という活動を決めておく。
「テストで良い点を取る」というのも実はこれである。
インプットすることをどうアウトプットするのか、決めておけば学びの質は必然的に高まる。
「ここ、テストに出るぞー」などと言うベタなセリフがあるが、これも同じ。
「テストで正解する」という動機を持っている相手なら、これで必死に覚える。
(そこに重きを置いていない相手には、無効である。)
先日の学級作りセミナーでは、会のはじめに「最後に参加者同士で学びの交流をします。」と示した。
企画した飯村先生が「こうすれば学びが深まる」ということを実感している。
後で発表があるとなれば、学んだことを消化しておく必然性が出る。
結果、インプットの質が高まる。
また、実際人に話すことで、自分の中で気付きが生まれる。
人の話を聴くことで、自分と違う視点から、さらに気付きが生まれる。
とにかく、せっかく学ぶなら、アウトプットを意識することである。
そして「感動は生もの」だから、すぐ使う。
学習会後の参加者同士の交流は、即席&最速のアウトプットの時間である。
2013年10月10日木曜日
やる気スイッチセミナーでの学び
夏休み明けに行った「やる気スイッチセミナー」での学び。
河邊先生からの学び。
「子どもが近くにいる」だけで教師には「チャンス」。
飯村先生からの学び。
「学級経営で一番大切なことは、子どもを好きになること。」
「感謝」の反対は「当たり前」。
当たり前だと思いがちなこと全てに、改めて感謝したい。
河邊先生からの学び。
「子どもが近くにいる」だけで教師には「チャンス」。
飯村先生からの学び。
「学級経営で一番大切なことは、子どもを好きになること。」
「感謝」の反対は「当たり前」。
当たり前だと思いがちなこと全てに、改めて感謝したい。
2013年10月8日火曜日
プラスワンを求める
最近よく話題に出す、山口県の福山憲市先生からの学び。
「プラスワン」
つまり、ここまででも100点なんだけれど、更に上がある、という考え方である。
以前に書いたが、返事一つ、手の挙げ方一つでも、レベルはピンキリである。
理想が高すぎても低すぎても、子どもは伸びない。
今の現状にプラスワンを求め続けること。
福山先生は「人より一歩前」というようにも表現していた。
その為には「当たり前が自然体のクラス」を作る必要がある。
「当たり前」=「暗黙知」のこと。
全員の「当たり前」レベルを上げないと、プラスワンが求められない。
いちいち言わないといけないレベルでは、次が求められない。
「1を知って10考える」レベルにもっていく。
それも、全員をもっていく。
「1学期までに揃いの姿を」と表現されていた。
自分の学級経営を振り返り、どこに「当たり前」があるか見極めたい。
「プラスワン」
つまり、ここまででも100点なんだけれど、更に上がある、という考え方である。
以前に書いたが、返事一つ、手の挙げ方一つでも、レベルはピンキリである。
理想が高すぎても低すぎても、子どもは伸びない。
今の現状にプラスワンを求め続けること。
福山先生は「人より一歩前」というようにも表現していた。
その為には「当たり前が自然体のクラス」を作る必要がある。
「当たり前」=「暗黙知」のこと。
全員の「当たり前」レベルを上げないと、プラスワンが求められない。
いちいち言わないといけないレベルでは、次が求められない。
「1を知って10考える」レベルにもっていく。
それも、全員をもっていく。
「1学期までに揃いの姿を」と表現されていた。
自分の学級経営を振り返り、どこに「当たり前」があるか見極めたい。
2013年10月5日土曜日
戦略と戦術
先日、道徳の研究会で次の本を紹介され、購入した。
「『超』入門 失敗の本質」
鈴木博毅 著 ダイヤモンド社
日本軍の敗戦を例に、その根本や本質を読み解いていくという内容である。
この本の最初の章に「戦略の失敗は戦術で補えない」とある。
戦術より戦略がより大切ということである。
ところで「戦略」と「戦術」の違いは何か。
類義語だが、意味が違う。
戦略の方がより大局的で、戦術は具体的である。
大きく戦略を考えて、そのためにたくさんの戦術を用いる、という感じである。
元々軍事関係の言葉だが、今ではビジネスやスポーツなどでもよく使われる一般用語である。
学級経営も、戦略的に考える必要がある。
夏休みにたくさん研修を受けたり本を読んだりする。
そこで様々な「戦術」を知る。
しかし、戦術が生きるかどうかは、戦略次第である。
具体的に例を挙げる。
以前紹介した「小さな福の神」という実践がある。
くじ引きでクラスの全員がそれぞれ誰かの福の神になり、一日中取り憑いて密かにいいことをする。
子どもに大人気の実践である。
ゲーム的で面白い。
この実践自体は「戦術」である。
これをどう生かすかが「戦略」になる。
この実践を継続的に通していく中で、これをやっていない時にも自然に「福の神」が出てくる。
自然な「福の神」がだんだん増え、やがて全員が常に「福の神」状態になる。
そうなるように仕向けていくにはどうするか。
ここが「戦略」である。
さらなる「戦術」を組み合わせていくことになる。
つまり、どんなに良い「戦術」でも、単発では効果が薄い。
戦略的に用いてこそ、初めて効果が現れる。
ネタ集めに尽力したら、それをどう生かすかである。
学級経営は「戦略」であり、個々の実践が「戦術」と言える。
夏休みに情報収集した「戦術」を、どう戦略的に用いるか。
ここが、学級経営の面白いところである。
「『超』入門 失敗の本質」
鈴木博毅 著 ダイヤモンド社
日本軍の敗戦を例に、その根本や本質を読み解いていくという内容である。
この本の最初の章に「戦略の失敗は戦術で補えない」とある。
戦術より戦略がより大切ということである。
ところで「戦略」と「戦術」の違いは何か。
類義語だが、意味が違う。
戦略の方がより大局的で、戦術は具体的である。
大きく戦略を考えて、そのためにたくさんの戦術を用いる、という感じである。
元々軍事関係の言葉だが、今ではビジネスやスポーツなどでもよく使われる一般用語である。
学級経営も、戦略的に考える必要がある。
夏休みにたくさん研修を受けたり本を読んだりする。
そこで様々な「戦術」を知る。
しかし、戦術が生きるかどうかは、戦略次第である。
具体的に例を挙げる。
以前紹介した「小さな福の神」という実践がある。
くじ引きでクラスの全員がそれぞれ誰かの福の神になり、一日中取り憑いて密かにいいことをする。
子どもに大人気の実践である。
ゲーム的で面白い。
この実践自体は「戦術」である。
これをどう生かすかが「戦略」になる。
この実践を継続的に通していく中で、これをやっていない時にも自然に「福の神」が出てくる。
自然な「福の神」がだんだん増え、やがて全員が常に「福の神」状態になる。
そうなるように仕向けていくにはどうするか。
ここが「戦略」である。
さらなる「戦術」を組み合わせていくことになる。
つまり、どんなに良い「戦術」でも、単発では効果が薄い。
戦略的に用いてこそ、初めて効果が現れる。
ネタ集めに尽力したら、それをどう生かすかである。
学級経営は「戦略」であり、個々の実践が「戦術」と言える。
夏休みに情報収集した「戦術」を、どう戦略的に用いるか。
ここが、学級経営の面白いところである。
2013年10月3日木曜日
初心に返る
過日、教員採用試験があった。
採用試験に臨むにあたり、必ず問われること。
「何で教師になったのか」
この初心に常に立ち返ることが大切であると思う。
いつのまにか、日常に忙殺されていて、ここを忘れがちである。
私は、友人が不登校気味だった。
学校が楽しくないのかもと思った。
だから、学校を楽しい場にしたいと思った。
(今となって考えると、それだけではなかったこともわかるが。)
友人によく算数を教えていて、「お前教えるの上手いな」と誉められた。
「人に勉強を教えるのって楽しいかも」と思った。
みんな勉強がよくわかれば、学校がもっと楽しくなるのかもと思った。
外で遊ぶのが大好きだった。
毎日体育があったらいいのにと思った。
先生になったら、毎日体育にして、毎日外で楽しく遊ぼうと思った。
(毎日体育は無理だとわかったが。)
そんな風に思い出して、二学期の学級スタートを考えた。
要は「楽しさ」が動機である。
それも「人との関わり」「授業」「遊び」の3要素が基本である。
ここは、人によって違っていい。
ここをベースに、2学期の始めに何をするか絞っていった。
いつでも迷ったら「何で教師になったのか」。
初任の自分や、学生時代の自分に訊ねてみるのも手である。
結構、最適な解が返ってくる。
採用試験に臨むにあたり、必ず問われること。
「何で教師になったのか」
この初心に常に立ち返ることが大切であると思う。
いつのまにか、日常に忙殺されていて、ここを忘れがちである。
私は、友人が不登校気味だった。
学校が楽しくないのかもと思った。
だから、学校を楽しい場にしたいと思った。
(今となって考えると、それだけではなかったこともわかるが。)
友人によく算数を教えていて、「お前教えるの上手いな」と誉められた。
「人に勉強を教えるのって楽しいかも」と思った。
みんな勉強がよくわかれば、学校がもっと楽しくなるのかもと思った。
外で遊ぶのが大好きだった。
毎日体育があったらいいのにと思った。
先生になったら、毎日体育にして、毎日外で楽しく遊ぼうと思った。
(毎日体育は無理だとわかったが。)
そんな風に思い出して、二学期の学級スタートを考えた。
要は「楽しさ」が動機である。
それも「人との関わり」「授業」「遊び」の3要素が基本である。
ここは、人によって違っていい。
ここをベースに、2学期の始めに何をするか絞っていった。
いつでも迷ったら「何で教師になったのか」。
初任の自分や、学生時代の自分に訊ねてみるのも手である。
結構、最適な解が返ってくる。
2013年10月1日火曜日
脚で稼ぐ
最近、自分で大切だと思っていることが「脚で稼ぐ」ということ。
頭で色々考えて、なかなか動けないことがある。
「能率・効率を考えることが最も非効率」であることが多いことも知っている。
システマティックに考えることが裏目に出ることも多い。
そういうのが苦手な人の方が多く、非効率でも人間的な方が求められる。
自分の好きな友人の一人は、とにかく脚で稼ぐ人間である。
ちょっとした用事がある時、面倒がらずに、直接そこまで行く。
面白いお土産を見つけると、必ず購入してターゲットに渡す。
(私も、何度かやられたことがある。大変に無駄である。しかし、印象に残る。)
ただ一ネタ、一笑いの為に身銭を切るという、自分にはできないことをするので尊敬している。
そんなことを思っている折、面白い話に出会えた。
兵庫県の仲島正教先生という、学級作りのセミナーをしている方の講演である。
私の所属している地域の方は、大多数が聴いたと思うので、他の地域の方の為にシェアする。
こんな問いがあった。
「体育の時間で集合をかける時、いつも決まって一番遅い子どもがいる。
この子どもを一番に集合させるにはどうするか?」
少し考えてみて欲しい。
自分ならどうするだろうか。
答えは、今日のタイトルの通り。
要するに、自分でその子どもの所まで走っていき、そこで「集合!」。
この先生が言っていることも、同じことである。
「脚で稼げ」。
この先生も言葉遊びが好きである。
つまり、脚で稼ぐことは「教育」であると。
教育は「今日行く」である。
寄ってこない子どもには、自分から行けばいい。
休み時間も同様。
教卓に寄ってくる子どもの相手をして満足してはいけない。
その時一人で本を読んでいる子どもを見過ごさない。
次の休み時間には、自分から寄っていく。
「脚で稼ぐ」だけでも相当な内容があった。
またシェアする。
頭で色々考えて、なかなか動けないことがある。
「能率・効率を考えることが最も非効率」であることが多いことも知っている。
システマティックに考えることが裏目に出ることも多い。
そういうのが苦手な人の方が多く、非効率でも人間的な方が求められる。
自分の好きな友人の一人は、とにかく脚で稼ぐ人間である。
ちょっとした用事がある時、面倒がらずに、直接そこまで行く。
面白いお土産を見つけると、必ず購入してターゲットに渡す。
(私も、何度かやられたことがある。大変に無駄である。しかし、印象に残る。)
ただ一ネタ、一笑いの為に身銭を切るという、自分にはできないことをするので尊敬している。
そんなことを思っている折、面白い話に出会えた。
兵庫県の仲島正教先生という、学級作りのセミナーをしている方の講演である。
私の所属している地域の方は、大多数が聴いたと思うので、他の地域の方の為にシェアする。
こんな問いがあった。
「体育の時間で集合をかける時、いつも決まって一番遅い子どもがいる。
この子どもを一番に集合させるにはどうするか?」
少し考えてみて欲しい。
自分ならどうするだろうか。
答えは、今日のタイトルの通り。
要するに、自分でその子どもの所まで走っていき、そこで「集合!」。
この先生が言っていることも、同じことである。
「脚で稼げ」。
この先生も言葉遊びが好きである。
つまり、脚で稼ぐことは「教育」であると。
教育は「今日行く」である。
寄ってこない子どもには、自分から行けばいい。
休み時間も同様。
教卓に寄ってくる子どもの相手をして満足してはいけない。
その時一人で本を読んでいる子どもを見過ごさない。
次の休み時間には、自分から寄っていく。
「脚で稼ぐ」だけでも相当な内容があった。
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